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MIKADO INTERVIEW by NAOKI INOSE 2



Mikado[G:G.Czerkinsky/P:P.Borel]
Mikado
デュオ「MIKADO」との二度目の対話

−お兄さんのことはお気の毒でした。
ありがとう。そのことで気を使わないでください。
−エジプトで亡くなられたというのは?
旧式のホテルに泊まっていて火事に遭いました。兄は長旅で疲れてぐっすり寝込んでいたのです。
−ホテルの考察も僕のテーマです。
わたしたちが泊まっている日本のホテルは近代的ですから防火設備は万全でしょう。でも、窓が開かない。まるでオーウェルの「1984年」の世界のようでじつに嫌です。窓を開けるというのは小さなことのように見えますが、窓は大きなシンボル、自由のシンボルなのです。たとえ東京の公害に汚れた空気でも、ほんものの空気です。窓を開けて、外気を吸いたい。パリに居るときにも、冬など外は寒い。だけど新鮮な外気を入れたいと思うときがあります。そして窓を開けます。そういうとき、自分が拘束されていないことを実感します。窓が開かないと心を閉ざされたように感じます。
−ところでパスカルさんは、日本の雑誌のインタヴューで秋葉原に行って怖くなったと述べてますね。
たくさんのテレビが全部同じ画面を映して並んでいる......。ええ、あそこには孤独がありますわ。
−でも、ひとつのカーニヴァルのような場所と感じませんか。消費の殿堂です。
電子教の寺院かな。
−この前のインタヴューのあと、ミカドゲームについて調べました。いつから、その棒を重ねて抜き取るゲームにミカドという日本の天皇を意味する言葉が使われるようになったのか、が問題です。
誰かに聞いたことだけど、日本のミカドがそのゲームを楽しんでいた、それでミカドゲームと呼ばれたとか......。
−いいえ。僕の知る限りそういう事実はありません。現在までに判明したことは幾つかあります。ゲームについて書かれた辞典をパリで買い集めてみたんです。昔はジェンシェと呼ばれていたそうです。
「joncher」という動詞はフランス語で、ばらまく、という意味だ。
−象牙でつくられた高価な棒を使うので「大衆」には手が届かないものだったようです。そこで僕はこう考えたのです。19世紀の半ばごろ、日本や中国から大量の竹細工が輸出された。竹細工が高価な象牙細工に取って代わり、ゲームは大衆化した。竹=日本=ミカドと結びついた。しかし、日本まではよいとしても、19世紀に日本=ミカドが広汎に記号化していなくてはならないことになります。
なるほど、僕たちのグループの名前は、複雑なルーツを持っているんだな。テレビやビデオの輸出ではなく、竹細工の輸出......。そうすると、つぎはエレクトロニクス・ミカドが生まれなくてはいけない、ははは。つぎのインタヴューのときまでに、答えを聞きたいものです。


To be continued.....


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